大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)532号 判決 1966年7月15日

上告人 柏熊恒

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡部勇二の上告理由第一点ないし第四点について。

原判決の確定するところによれば、「債務者の建物に対する占有を解いて債権者の委任した執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さねばならない。」旨の仮処分命令の執行がなされ、執行吏により建物の使用を許容された債務者が右条件に違反して建物の現状を変更した場合に、執行吏は、債務者を右建物から退去させて、建物を執行吏の直接保管に付する権限を当然に有するか否かについて、相対立した見解があり、執行実務上の取扱いも区々に分れ、本件における林執行吏代理の属する東京地方裁判所管内においては、従来、執行吏が前記権限を有するとの説に従つた取扱いがなされていたのであるが、本件における林執行吏代理の判示行為も右状況の下においてなされたというのであるから、これをもつて過失があるといえないとした原審の判断は正当である。また、判示仮処分命令は当然無効のものといえないことはいうまでもないから、右執行吏代理がこれを執行したことをもつて過失といえないことは当然である。しからば、林執行吏代理の判示行為につき過失があることを前提とする上告人の本訴請求は、執行吏の前記権限の有無に関する見解の当否につき論ずるまでもなく排斥を免れないのであるから、原判決に所論法律の解釈を誤つた違法がない。なお、所論は違憲をもいうが、その実質は右法律解釈の誤りを主張するものにすぎない。論旨は採用できない。

同第五点について。

原審裁判所に所論の違法があることは認められないから、論旨はその前提を欠き、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

上告代理人岡部勇二の上告理由

第一点上告の趣旨第一項は、原審に差戻しの判決を求めるもので、その理由は、原審が本件控訴を棄却したのは、民事訴訟法第七五八条及び国家賠償法第一条の解釈適用を誤つて、違法な判断をしたものであるから、原判決を取消し、損害額について審判するため差戻しを求めるものである。

そして、仮りに御庁が右損害額については、事実が明らかになつているものと認めるならば、上告の趣旨第二項の判断即ち原判決を取消して、御庁の自判を求めるものである。

第二点原審は、林執行吏代理の行為は許されるものであると判断しているが、右は、民事訴訟法七五八条及び憲法二九条の解釈適用を誤つた違法がある。

一、本件仮処分命令でいわゆる例文的占有移転禁止仮処分命令(以下単に例文的仮処分命令という。)の現状変更禁止の意味及び右仮処分執行後において現状変更があつた場合の点検排除については、原判示のとおり、従来の判例学説には、積極説と消極説があつて、東京地方裁判所においては積極説に従つていたことは公知の事実である。

二、しかしながら、本件点検排除に対する執行方法に関する異議申立事件に対する東京地方裁判所昭和三五年(ヲ)第三八〇五号決定及び東京高等裁制所昭和三六年(ラ)第七二七号決定(高裁判例集一五巻二号八〇頁)以来、東京地方裁判所においては、右積極説に従う執行吏は全く存在しなくなつた(判例時報、昭和三九年三月二一日号二六頁の原判決に対する評釈参照)。

三、仮処分に対する上告は、法の禁止するところであつて、憲法違反を理由とするも御庁は容易に採り上げようとしないので、上告人は本件訴を提起して、御庁の判断を求めようとしたところ、代理人の予想どおり、下級裁判所の法律的知識の欠如は、終に御庁において、点検排除の違法につき判断しなければならないことになつた。

どうぞ御庁は正しい裁判をして下さるようお願いします。

四、わが国の法律制度は欧洲から伝来したものであるが、約八〇年を経た今日においても未だ十分に理解されることなく、違法に運用されているのは甚だ遺憾である。

五、本件仮処分の被保全権利は建物収去(借家人に対しては退去)土地明渡請求権である。

右被保全権利の中には、債務者所有の建物を空家にして、その使用を禁止しておくことができる権利は包含していない。

六、土地所有者である債権者が本執行の保全のために、即ち、本案の裁判で勝訴するか否かが不明確な時期において、借地人且つ建物所有者である債務者をその居住している建物から退去させて、これを空家とし、執行吏が保管することは、わが国の法律においては許されないところである。

右は、裁判所ひいては実行者執行吏が司法行政の名において、債務者の居住権及び建物所有権という財産権を違法に侵害するものであつて、国の公権力の行使に当る裁判所が、その職務を行うに当つて国民の基本的人権を違法に侵害するところの、憲法に違反する公権力の行使であると認める。

第三点そもそも、本件仮処分命令である例文的仮処分命令そのものが、民訴法七五八条及び憲法二九条に違反する違法な裁判であるから、右違法な裁判に従つて本件違法な点検排除が行われたとしても、即ち、林執行吏代理が本件命令に従つて本件点検排除を行つたとしても、右林に過失なしということにはならない。従つて原審の判断は違法である。

一、上告人は、本件仮処分命令そのものが違法であることを仮処分異議で申立てたが、東京地方裁判所昭和三五年(モ)第一七、八八二号判決及び東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第二、三八九号判決(第一〇民事部三七、九、二七別紙(一))はいずれも右異議を棄却して了つた。

当時、右につき、御庁に上告しても、御庁においては右上告を認容するような態勢にあるものとは認められなかつたので上告しなかつた。

二、例文的仮処分命令は原判決判示のとおりであるが、民訴法七五八条一項は「裁判所はその意見を以て申立の目的を達するに必要な処分を定む。」と規定しているにも拘らず、裁判所は、本件仮処分のような違法な命令を発したのである。

裁判所は、例文的仮処分命令のような内容の命令を発することができる権限を有しないものと認める。

仮処分は司法行政処分であるが、わが国の裁判官は、司法行政処分の意味内容を十分に理解していないものと認める。

三、本件命令は、「債務者等の右建物に対する占有を解いて」と命令しているが、「占有」とは何か?「解く」とは何か?国民は本件命令によつて占有を奪われたものとは考えていない。裁判所は国民が理解できないようなでたらめな法律用語を使用して、国民生活から浮き上つた状態を勝手に作出しているが誠におかしなものである。

四、本件命令は、「執行吏は現状を変更しないことを条件として、債務者等にその使用を許さなければならないと。」命令しているが、本件建物は債務者が賃借権という正当な権原に基づいて使用しているのであつて、裁判所や執行吏の「お許し」を得て使用しなければならないというようなことは、わが国の法律には規定がない。国民はこんな馬鹿気た命令をちんぷんかんぷんで受取つているだけである。

五、そもそも例文的占有移転禁止の仮処分の必要性は、わが国の民事訴訟法が訴訟係属の効果として、当事者恒定主義及び訴訟物恒定主義をとらないために、当事者及び訴訟物が変更すると本執行が面倒になるので、このような仮処分命令を案出したのである。

そして、その後、裁判官も学者もこの命令が至上、唯一の適法な命令であると考えて、この命令を維持することにのみ全力を注いできたのであつて、六〇年の伝統を有する裁判慣行であるが、今やその違法性が確認されたのである。法曹の先入観は全くおそろしいものである。

本件事件における違法性は、本質的には本件仮処分命令を発した東京地方裁判所裁判官天野正義の違法裁判によつて発生したものである。

六、要するに、仮処分は、本執行を保全するためのものであるから、本執行前に、裁判所が、本執行でもできない債務者所有の建物の使用禁止を命じたり、進んで現実にその建物の使用を禁止して、これを空家として、本執行が行われるかも知れない日を待たせることは法律上許されないことである。

右のようなことは、国民常識では容易に理解することができるのであるが、従来の裁判所ではおかしいとも思われないで適法と考えられていたのである。

七、原審は本件仮処分命令が適法な命令であり、裁判所が右命令において現状を変更することを禁止しているのであるから、現状を変更した債務者は本件命令に違反したものであるから、点検排除されるのが当然であるという前提に立つて、林執行吏代理が、従来の執行慣行に従つて即ち例文的処分命令に従つて点検排除を行つたことは、右林に故意過失があつたものとは認められないと認定しているが、右は違法な判断である。

上告人に右林の責任ではなく、被上告人国の責任を問うているのである。

公務員が法律を知らなかつたことは、過失があつたことである。

第四点原審は、「林執行吏代理が債務者を目的物から退去せしめたからといつて、右林に国家賠償法一条一項の故意過失があるものとはいえない。」と判断しているが、右はその適用解釈を誤つたもので、違法な判断である。

一、刑法三八条三項は、「法律を知らざるをもつて罪を犯す意なしとなすことを得ず。」と規定している。

原審は、右のような規定が民事法には規定していないから、法律を知らないことは、不法行為における損害賠償責任を阻却するものであると判断しているらしいが、右は誤りである。

二、わが国の裁判は「法律による裁判」であり、その強制執行は「法律による強制執行」である

執行吏が法律を知らなくても故意過失がないとするならば、法律による強制執行は行われないことになる。

三、林執行吏代理は、従来の判例、学説及び執行慣行に従つて、その職務の執行をなしたのであるから、公務員とし国に対する責任があるとは認められないが、右のことは、被上告人国の国民に対する責任を阻却することにはならない。

原審は、この辺の法律判断を故意に歪曲して、国に対する損害賠償責任を否定して、忠義立てをしているものと認めるが、誠に裁判の公正を冒涜する職務の執行であると認める。

四、上告人は本件請求において、被上告人国に対して損害賠償を請求しているのであつて、林執行吏代理に対して請求しているのではない。

国が法律を知らなくても、故意過失がないと認めるということは国民常識としては、到底考えられないことである。

第五点原審は林執行吏代理の点検排除は違法であるが、国には責任がないと判断しているが、右は原審が、裁判所の名誉を保持するために故意に法律を歪曲して判断したもので、原審は、憲法七六条三項の規定に違反して、良心と法律に従わないで本件裁判を行つたものである。

従つて、原審の訴訟手続は違法な訴訟手続として、取消されなければならない。

よつて、原判決を破棄しなければならない。

原審は、法律に従つて裁判をしたならば、上告人を勝訴せしめることになるので、従来の永年の裁判慣行及び執行慣行を違法であると宣言することになり、とんでもないことになると考え、国に対する忠義立てをするため、その良心に反して法律を違法に適用したもので、誠に司法の権威を冒涜したものである。

以上

添付書類<省略>

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